私と同居人は、箱の中で寝ている子猫を起こさないように気を付けながら朝通った公園に足を踏み入れた。
公園にはいつものように学校の終わった小学生達が遊んでいる、と、その中に段ボールを囲んでわいわいやっている小学生が目に止まった。
「うわー!くせー猫ー」
そう言いながらつかんでいる男の子の手には小さな猫がぶら下がっていた。
小学生が囲んでいた段ボールの中には小さな生まれたての子猫が4匹入っていたのだ。へその緒がまだ付いている子猫もいる。
「そ、その子猫どうしたの!?」
「朝この公園にいたからみんなで学校に連れて行ったの」
「え?じゃぁこの猫は?」
私は麻呂を子供達に見せた。
「あ!白いのだ!それもこの中に入ってたよ」
「このこ臭くない!」
なんてこった、その猫たちは『麻呂』の兄弟達だったのだ。
「おねーさんその猫飼うの?」
「そのつもりだったけど、こんなに兄弟がいたなんて…この猫の親知らない?」
子供達に聞いてみると、一人の男の子が
「俺その猫いたとこ知ってるよ、向こうの床屋の猫だよ」
「そこに親猫いるの?」
「いると思うよ」
飼い猫か?ひどい!独り立ちも出来ない時期の子猫を捨てるなんて、死んでしまうことを解りきってこの公園に放置したんだ。
私は怒りがこみ上げてきた。
「その猫のいたって言う床屋に連れて行って」
私達は4匹の子猫を入れた段ボールと麻呂を連れて、男の子の案内の元、飼い主であろう床屋を訪れた。
「こんにちわ」
「はい?」
床屋から主人らしき人が出てきて、段ボールを見るなり気まずそうな顔をした。
「あの、こちらの猫だってこの子から聞いたんですけど」
「うちの猫じゃないよ」
「うそだ!僕知ってるよ、ここの裏にいる猫の子で、おじさんが段ボール持ってたんだもん」
「うちで飼ってる猫じゃなくて近所のノラが産んだ猫なんだよ…だからうちの猫じゃないんだよ!」
床屋の主人はめんどくさそうに言い放った。
「産んだのはノラなんだよ、だから関係ないんだよ!にゃーにゃー裏の空き地でうるさいから見てみたら子供産んでやがる。これ以上増えられたらこまるから公園に持っていったんだよ。あそこなら子供が持っていってくれるだろうしね」
「まだへその緒も付いてるのに、こんな乳飲み子、子供に面倒なんて見られるわけないじゃないですか。うるさくてお困りなのは解りますが、わざわざ死なせちゃうことを承知でこんな子供達に持って行かせようとしたんですか!?死んじゃったら子供達が傷ついちゃうじゃないですか、だったら保健所に届けた方がまだましです。せめて乳離れするまで我慢出来なかったんですか?」
私は怒りに手が震えだした。子猫を捨てたことも怒りの原因でもあるが、小学校の子供に拾わせようとした主人の魂胆が許せなかったのだ。床屋の主人はまだ何か言いたげだったが、
「旦那〜 子供に押しつけちゃダメだよ〜」
と店の客に言われて思いとどまったようだ。
「どっちにしろうちじゃ引き取れないからね」
「僕、その猫の親知ってるよ」
「ほんと?じゃぁまだいるか見に行って親猫に返してこようね」
私達と男の子は、床屋の主人の『よけいなことをするな』と言わんばかりの視線を感じながら床屋を跡にした。
床屋の入っているビルの横にはちいさな空き地があった。
男の子に言われるがまま空き地とビルの隙間をのぞき込むと、いたいた、おっぱいを大きくしたメス猫が目を光らせながらこちらを見ている。よく見ると茶虎の猫やキジ柄の大人の猫もたくさん周りにいて、みんな私達を見ていた。
「子猫はおかあさんの所に戻しておくから、遅いから君はもう帰りなさい。場所を教えてくれてありがとう」
すでに7時を回っていたので、私達は男の子を返し、段ボールに入った子猫たちを一匹づつビルの隙間に入れていった。
しばらくすると、子猫の鳴き声を聞きつけて親猫がそろそろと奥から出てきた。
「人間の臭いがついちゃったらかみ殺すって話聞いたこと有るけど…大丈夫かな?」
びくびくしながら親猫の行動を見ていると、子猫をしばらくくんくん嗅いで首をくわえて奥に連れて行った。
「よかった、大丈夫みたい」
一匹、また一匹と親が連れて行き、とうとう麻呂の番。
同居人は、連れて帰りたくてしょうがなかった私の気持ちを察したのか、
「親猫がいるんだから返さなきゃだめだよ」
と、私に諦めるように言ってきた。
私はしぶしぶ離すと、麻呂はぴゃーぴゃー鳴きながらうろうろしはじめた。
親猫は麻呂をくんくん嗅ぐと、他の子猫同様、ビルの隙間の奥にくわえて連れて行った。さようなら麻呂、元気でね。
「はぁ…なんかとんだ一日だったね」
私達は、予約をしておいた病院に訳を話して取り消しにし、やっと帰宅した。
あれからあの子猫たちを見ることはなかった、また、あの床屋の主人がどこかに連れて行ってしまったという可能性もあるが、もうそれは確かめようもない。
私達の家の子になりそこねた麻呂が、元気に大人になってくれているであろうことをただ祈るばかりの毎日だった。
こんな目にあってる子猫はきっと何千匹といるだろう、避妊手術が可愛そうという人もいるが、ゴミのような扱いをされて捨てられる子猫が出てくることを考えると、避妊手術は不幸を起こさせない為の一つの正当な手段なのかもしれない。
そして、今度のことで私達と一緒に床屋に行ってくれた男の子が、少しでも命の大切さを感じ取ってくれていることを節に願った。