さくらが我が家に来てから一ヶ月が過ぎた頃、彼女に異変が起きた。
ストレスによる脱水症状だ。
熱が高く体重はどんどこ落ち、病院に連れて行ったその日にそのまま入院、2日ほど点滴生活をしてなんとか元気を取り戻して帰ってきた。
原因は、昼間私たちが仕事に出ていて家におらず、夜も残業で夜中に帰ってくるという生活だったため、寂しさでストレスが溜まってしまったらしい。
おてんばの割にはかなりセンシティブな神経の持ち主だと言うことが発覚。
「どうしようか…やっぱり赤ちゃんだから寂しいんだよ。うちらが出かけるとき泣きわめいてるみたいだし」
元気で暴れまくり、悪さをたいがいやり尽くしているとはいえまだ二ヶ月ちょっとの子猫、人間でいったらまだ2〜3歳の幼児だ、朝出がけ、声は聞こえないが窓ガラスに肉球を押しつけて私たちを見ながらニャーニャー言っているであろうさくらを見て、私たちは悩みに悩んだ末もう一匹猫を飼うことにした。
二匹でいれば寂しくないだろうと考えたからだ。
当時はインターネットなんてものがまだ存在しなかった時代だったので、新聞の猫差し上げますコーナーや雑誌の里親募集のページから、出来るだけ家から近くでさくらと同じ年頃のメスの子猫を探し出しては電話をかけまくった。
しかし、よほど運が悪いのかタイミングが悪いのか、どこにかけてももう引き取られてしまった後、私と同居人は会社の近所にさくらの兄弟がまだ徘徊していないかと、通勤時や帰宅時にビルの隙間や公園などを注意して見て回った。
が、なかなか見つからない。
半分諦めていたある朝、それは運命的な出会いだった。
「ぴゃー」とか細く鳴く子猫の声。
「どこから聞こえる?」
「車の下じゃない?」
私たちは路地に止めてあった車の下をのぞき込んだ。いない。どこだ?
「ぴゃー」
見つけた、子猫は車の脇の排水溝の中にいた。
「うわ〜…まっくろだ」
さくらのように毛皮ふかふかで、かわいらしい子猫を想像していた私たちの目の前に現れたのは、ゲソゲソにやせ細った、毛色もわからないくらいに排気ガスで真っ黒になった、目ヤニだらけのどぶネズミのような子猫だった。
「きちゃない子でちゅねー」←恥
「ぴゃぴゃー」←鳴き声
私は、これは神様からの贈り物とばかりに真っ黒などぶネズミを抱き上げる。しかし同居人は引いている。
とっとと会社に連れ去り、給湯室でその真っ黒い子猫を洗いはじめた。
「どうしたの?今度はネズミ?」
「猫です」
それが猫?という顔をされながら、同居人に仕事を全部任せ、台所洗剤でじゃかじゃか洗ってノミ取り作業をし終わった。
プルプル震えていたどぶネズミは、白地に茶色のぶちのあるメスの子猫に変身した。
「あ!猫になった!」
「ほんとだ猫だ!」
会社の人たちに囲まれ、子猫はすっかりおびえきっている。
「ふー…帰りに病院に連れて行こう」
震える子猫を、タオルで敷き詰めた段ボールに猫缶と一緒に入れ、その日は就業時間を迎えることにした。
【続】