「ここまでやせ細ってるから、なんか病気もあるかもしれないよ」
段ボールに入れたまま電車に乗り、同居人と一緒に、さくらを診てくれていた動物病院へ連れて行った。
「すいません、この子にワクチンと駆虫をお願いしたいんですけど」
子猫を診察室へ連れて行く。
とってもおとなしい。おとなしすぎる。
電車の中でも二・三度鳴いたっきり静かにしていたので、まさかどっか具合が悪いのかとビクビクしていた。
「おとなしい子ですね〜、あ、耳の中真っ黒だ。掃除しましょう」
女医さんに耳の中をオイルでしめらせた脱脂綿で拭かれながら、子猫はゴロゴロ言い始め、目を細めていた。
「嫌がりませんねー、普通は嫌がるのに。やさしい性格なんでしょうねぇ。」
便検査の棒を肛門に入れられても嫌がらない。
「朝洗ったんですけど、素人がやったもんだから…もう一度洗ってもらえませんか?」
一度に全部済ませてしまいたい私は、病院でもう一度猫を洗って貰い、爪切りをして駆虫にワクチンまでしてしまった。
「綺麗になって猫らしくなってきましたね〜、でもちょっとおびえてるかな?震えちゃってる」
すっかり綺麗になった子猫は色々なことを一気にされたせいか腰が抜けて震えていた。
「お名前は?」
「バニラです」
私はすかさず、ずーーっと考えていた猫の名前をカルテと診察券に書き込んで貰った。
一匹目の名前を付け損なったので、今度こそは自分が命名するんだと心に決めていたのだ。
「変な名前・・・・」
帰りに同居人に言われた。
「おいしそうでしょ?」
私は訳のわからない説得をした。
「さくらとケンカしないかなー、この子おとなしいし、やられちゃいそう」
「大丈夫だよ、きっと」
しかし大丈夫な保証なんかどこにもない。
家のドアを開けると、いつものようにさくらが私たちをお出迎えしてくれていた。
「はい、さくらちゃん。妹だよー」
私は段ボールの中のバニラを放した。
「しゃーーーっ!!!かっかっ!」
先に威嚇したのは、驚いたことにバニラの方だった。さくらは飛びかかりもせず、ただバニラをくんくん臭いながら後からついて回っている。しっぽだけはタヌキのようにふくらんではいたけど。
「バニちゃん、ここがトイレだからね」
バニラをトイレに連れて行き中に入れると、早速もようし始めた。
プリリ…。
思いっきりゲリだった。便検査で虫の卵が発見されたのでそうじゃないかなとは思っていた。
バニラはトイレの中までさくらについてこられ不愉快そうにトイレから飛び出た。さくらは砂をかけて隠してやり、しっぽをタヌキにさせながら、これまた針金のようなしっぽをタヌキにさせているバニラを追いかけている。
「なんか思ってた状態と違うね…」
多少威嚇の仕合はしていたが、私たちの心配をよそに、二匹は丸一日ですっかり慣れてしまったようだ。
さくらはマイペースでお客好きのながら食い、バニラは甘ったれの人見知りで大食らい。
まるで性格の違う二匹は、本当の姉妹のようにベタベタしながら成長していくことになるのである。
唯一共通している行動は、私の指をしわしわになるまでちゅぱちゅぱ吸う事だ。
後にさくらは大人になって指吸いをぱったりやめる。
しかしバニラは、子供を産み母になっても私の指を吸う事を決してやめなかった。