【狸家老】
「これはこれは三毛姫。どうじゃ?少しは考えは変わられましたかの?」 草深い山道を登ってきた一丁の駕篭が三毛姫のいる庵の前に到着し、
中から初老の侍らしき者がそう三毛姫に声をかけてきた。
その姿、腰に挿してるものといい服装といい、軽からざる身分が窺える。しかしかぶっていた頭巾をはずしたとたん、物陰に隠れて見ていたもんもん介は思わず呟いた。
【もんもん介】
「うはっ。・・こりゃ見事な悪人面だわい。プハッ♪」 もんもん介のいうとおり、初老の侍は欲情に満ち満ちた顔つきで三毛姫の全身をねめ回し、テラテラ光る脂ぎった顔を長ーい舌でベロベロ嘗め回す始末。到底人品卑しからざる人物には見えない。
【もんもん介】
「こやつは姫をここに捕らえた悪人におそらく相違なかろう。が、果たして今飛び出してやっつけてしまっていいものかどうか。はて?」 軽はずみで軽率で頭も腰も軽い
wもんもん介がいつになくそう慎重に考えていると、三毛姫がまるで彼に語るがごとく話し始めたのである。
【三毛姫】
「狸っ。我が父君が病に臥せったのを期に家老職を悪用し藩政を私物化。そしてあろうことか私をかどわかし、このようなところへ幽閉するとは。それが家老たるそちの為すべき所業ですか!」 そう言い放つ三毛姫に、狸家老は薄笑いを浮かべた。
【狸家老】
「そう物分りが悪いとは、姫には失望致しましたぞ。」
「それがしは我が藩のため、病の床に伏せっておられる姫の父上様である殿に代わって、藩政改革を進めているに過ぎんのですぞ。」
「しかし藩主の病が長引く中、我が領民の中からも動揺の声が隠し切れず、姫君にはなにとぞ、藩のため、お父上のため、我が息子斑左之門とのご婚儀の儀を承諾して頂きたく・・・」【三毛姫】
「おだまりなさいっ。」【三毛姫】
「なにが藩のため、父上のためですか。すべてはそなたの息子を猫月藩藩主として据え置かんが為の謀略っ。汚らわしいっ。」 もんもん介は二人の会話聞いて、おおよその事情は飲み込めた。
でわでわと、おっとり刀で二人の前に登場しようとしたその時、狸家老の次の一言がもんもん介の足をピタッと止めることとなった。
【狸家老】
「そのような我侭ばかりゆうておられると、父君のご病状にも差し支えませぬかな?」【狸家老】
「新しい御侍医は優秀なれど、ほれ、薬湯をおつくり差し上げる時に、なにかのはずみで手元が狂う、ということも無いわけではないですからな。」 嫌らしい顔をなお一層醜く歪ませてそうのたまう狸家老。
三毛姫は美しい毛並みをブルブルッとふるわせ、
【三毛姫】
「おのれ、卑劣な・・。く、口惜しい。」というのが精一杯の様。
どうやら病の殿は、悪家老一派によって生殺与奪の権を握られてるらしかった。
これではもんもん介うかつには動けない。
【狸家老】
「では気がお変わりになられるまで、姫にはまだちとこの庵にいてもらわねばなりませぬな。愚息斑左之門ともども、この狸めも姫のお輿入れ、心よりお待ち申上げておりますぞ。ぐはっ、ぐはっ、ぐわはははっ♪」 高笑いを残して悪家老、狸腹黒太夫は共の者とともに庵を後に。
さてもんもん介。三毛姫のほうにはまずは差し迫ったるものはなし、それより件の猫月藩藩主のほうをなんとかするのが火急の件、と心を決め、
【もんもん介】
「姫っ。このもんもん介、委細しかと承知仕りましたぞ。まずはそなたの父君を危難より救い出し、そののち必ずや姫をお迎えにまいろう所存故、姫には今しばらくのご辛抱をっ。では御免っ。ぷはっ、ぷはっ♪」そう言い残すや、狸家老の降りていったほうへ脱兎のごとく駆け出すもんもん介であった。
【三毛姫】
「もんもん介様・・。」 悪家老一派の悪巧みを粉砕すべく、単身猫月藩へ乗り込むもんもん介。その帰りを待ち、春の朧月夜を一人静かに仰ぎ見る三毛姫。
旗本退屈にゃんこの活躍、いよいよ佳境へ−−。
これにて第二幕は、幕。第三幕「猫月藩百万石」の上演まで、しばしご猶予をm(__)m