昨夜の話。
いつものように私は華を連れて散歩に出掛けた。午後9時過ぎ。
着いてきたのは龍之介だけ。
坂を降りている時から犬の遠吠えにもにた音がずっと聞こえていた。
確かに犬は遠吠えはするけれども、よほどのことでもない限りしないだろう。
華を見たが気にしている様子はなかった。
敏感に反応しているのは龍之介だけ。
立ち止まってその音に集中している。
船を着ける桟橋が時おりこういう音を立てる。てっきりそれだと思っていた。
私は龍之介を港に待機させ、華とメリー宅へ向かった。
ひとしきりメリーと遊び帰路に着いたのだが、相変わらずその音は聞こえる。
海が荒れているならこの音が聞こえても不思議はないのだが、風もなく凪いでいる。
どうしても気になって港を一回りしようとした時、華がたったったっと駆けて行った。
その先にいたのは1匹の白い犬。華より一回りくらい小さい。
やはり遠吠えをしていたのだ。
近づくと尻尾を丸め逃げていく。
「おいで」
しゃがんでしばらく待っていると、ゆっくりと近づいてきた。
青い首輪をしたオス犬だ。撫でると黙って撫でさせてくれる。
私の中に「またか・・・」という思いがあった。
捨てられたのだ。華と同じように。
島から連れてこられ、ここに置き去りにされた。
華はまだ子犬だったが、この子は成犬だ。
ちゃんと首輪もつけて可愛がっていたんだろうに。
犬を撫でていると、向こうから龍之介が駆けてくる。
うちのネコたちは犬をあまり怖がらない。華がいるからだ。
そのため他の犬がきても平気で近くに寄っていく。
メリーがうちに遊びに来た時、ネコを追いかけ回した。
私はその時メリーのことをこっぴどく叱った。
それ以来メリーはネコが近くにいても気にしなくなった。
しかし、この子は初めての子だ。
私は龍之介を抱えひとまず家へと向かった。
そしてドッグフードとささみジャーキーを持ってまた港へと引き返す。
その子は鳴いていた。海に向かって遠吠えをしていた。
飼い主を呼んでいるのだ。自分はここにいる。迎えに来てと。
「ごはんだよ。おいで」
声をかけると、尻尾を振ってやってくる。
ドッグフードをあっという間にたいらげ、ジャーキーをおいしそうに食べる。
「今日はもうお迎えは来ないよ。もう遅いから今日はうちにおいで」
私が歩き出すと、その子は後ろから着いてくる。
家に着くと水を与え、「今日はここにお泊りしなさい」と言うと、じーっと顔を見る。
玄関前に座りこんだので私はそのまま家の中へ入った。
しかし、しばらくするとまた遠吠えが聞こえてくる。
私はその後2回この子を迎えに行った。
それでも飼い主が恋しくて恋しくて港を離れることができないのだ。
遠吠えは2時過ぎまで続いていた。
朝になり港へ行ってみたがその子の姿はなかった。
ジジイに話してみると、もう数日前から姿を見ていたらしい。
あんなに忠実に飼い主を呼んでいる。
置き去りにされてどんなにか心細かっただろう。
どんなに呼んでもその声は飼い主には届かない。
けれど、あの声を聞け!!バカ飼い主!!迎えに来い!!!