〜猫と暮らすゆったりずむな生活〜

September, 2010
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PROFILE
トマ

キジブチの3歳になる女の子。やんちゃで甘えん坊なお転婆娘。

チョロ

キジトラの11歳になる女の子。妹分のポンが他界し、少し老け込んだ感あり。でもトマへの教育的指導は忘れないトマシーナ家の女ボス。

ポン

一昨年他界したトマシーナ家のアイドル猫。おっとりした愛らしい子でした。

トマシーナ

愛知県在住。父母と猫2匹と同居中。猫と山を愛する変わり者。

マリ

8年前に14歳で虹の橋を渡ったマリ。時々ブログに彼(そう男の子です!)の思い出を書きます。アルバムも作成予定です。

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May 15, 2007
『愛して欲しい』と鳴き続けた子
 1997年11月21日、私は『愛して欲しい』と3日間鳴き続けていたあの子と再び出会った。
躊躇している私に、父が運命の手招きをした。


 チョロは兄の住むマンションに捨てられていました。
チョロとの最初の出会いは11/19でした。
その時は『他の誰かが拾ってくれるだろう』と自分に言い聞かせ、その場を後にしました。
でも私は予感していました。
『もしこの子と再び会うことがあったら、きっと連れ帰ることになる』と。
その予感は見事に的中しました。

母に抱っこされている仔猫時代のチョロ。
黄色の首輪がよく似合っています。
鼻の頭の傷は兄のマンションに捨てられていた時のものです。



 遺棄した人間に、あの時のチョロの切ない鳴き声を聞かせてやりたい!!今でもそう思います。
あの訴えるような鳴き声を、私は二度は無視出来ませんでした。
『私を愛して!』『私を抱っこして!』『私を無視しないで!』と
言っているような気がしたからです。
躊躇っていると、私を迎えに来た父の姿が目に入りました。
少し離れたところにいた父に、私は仔猫の存在を指差して教えました。
すると父が手招きをするではありませんか!!
私は『猫を連れておいで』というジェスチャーと判断し、仔猫を抱き上げて父の車まで連れて行きました。

上を見上げているチョロ。
視線の先にあるのはおもちゃかな?


 でも、私の判断は大外れでした・・・・。
父のジェスチャーは、私に『さっさと来い!』と言っていただけ。
『だめだよ!うちにはマリもいるし、連れて行けないよ!どうするの!』と言う父。
しかしチョロはさっさと車に乗り込み、さっさと父の膝上に移動し、そこでグッタリして眠り始めました。
帰りの車中、父はずぅーっと『どうするの!』を連発していました。

 白状しますが、私はあの時わざと勘違いしたんです。
だってそうしないとチョロを連れ帰れなかったから・・・・。

この時のことは今でも我が家で話題になります。
私は相変わらずしらばっくれて『父がチョロを拾った』と言い張っています。

大好きなマリ兄ちゃんと。
今でこそ貫禄充分のチョロですが、この頃はまだまだあどけない。

Apr 17, 2007
勇気あるダイブ 〜マリの幸運〜
1986年5月29日、あの子は勇気を振り絞って、外の世界へとダイブした。
あの子に続いて4匹の兄弟姉妹も次々にダイブし、そのダイブが彼らを死の淵から救った。
先陣を切った勇気ある男の子は、何故か『マリ』という女の子のような名前をもらうことになる。
家族に猫の魅力を余すことなく伝え、近隣のボス猫として君臨した『マリ』は、仔猫時代から大物の片鱗を見せていた。

強く、優しく、美しい!マリは三拍子揃った見事な猫でした。


 マリと出会ったのは高校の通学路でした。
マリは4匹の兄弟姉妹とともに、通学路脇の工場の敷地内に捨てられていました。
友人とともに歩いていた私の前に飛び出してきたマリは、そのまま車道へと突っ込んでいこうとしたのです。
私は思わず抱きとめてしまいました。
私はマリを拾ったのではなく、ただ単に抱きとめたのです。
でもまだ純粋だった私は、それだけで『この猫に対する責任を負った』と思い込んだのです。
マリの幸運は、私という少し変わった人間の前に飛び出したことにあったのかもしれません(苦笑)
ちなみにマリとともに捨てられていた4匹の兄弟姉妹は、同じ高校の家政科の子が連れ帰ったそうです。
私はマリの兄弟姉妹が、どういう猫生を生きたのか全く知りません。

 春になると沢山の猫たちが、こんな風に道端に捨てられます。
でもマリのように幸運な猫はほとんどいません。
大多数がそのまま惨めで悲しい生を終えます。
私はそんな哀れな猫たちが、一匹でも少なくなることを願ってやみません。
Mar 28, 2007
生命の叫び
1998年10月20日、あの子は『生きたい』と大きな声で叫んだ。
その異様な声は、私の耳に届き、あの子は死の淵から自分の力で這い上がった。
あれはポンの『生命の叫び』だったんだね。


何故かゴミ箱の下がお気に入りだった仔猫時代のポン


 その日は小雨が降っていました。
出勤途上の私の耳に、ソレはいきなり飛び込んできたのです。
異様な声で、とても仔猫のものとは思えませんでした。
声の主を探してみると、それはそれは哀れな仔猫・・・・
両の目は目やにでふさがり、腹部はポンポンに膨れ上がっていました。
それが私とポンとの出会い・・・・
あまりに哀れで、その後のことなど全く考えもしないで、私は家までポンを連れ帰ってしまいました。

 連れ帰ったものの、我が家で飼うことには躊躇いがありました。
前年にチョロを保護したばかりでしたし、マリは大病を患ったばかりで非常に弱っていたからです。
この上もう一匹・・・・家族の誰もが無理だと思いました。
でも結局ポンは我が家の子になりました。
みんなあの子の愛らしさに魅了されてしまったのです。
特に『声無しのニャーオ』には参りました。

家族を魅了した愛らしいポン。
枕の上でキョトンとしています。



 そして私たちはこの8年間、あの子から沢山の幸せをもらいました。
あの日、あの子の叫びを無視していたら、この幸せはなかったのです。

 父が言いました。
ポンが亡くなったのは残念だけど考え方だと・・・・
拾わなければそのまま死んでいたことを思えば、8年間幸せに過ごしたのだから、と。

 ポン、お前は幸せだった?うちで楽しく暮らしてた?
そうなら私はとっても嬉しいよ。
お前の叫びを受け止めて本当に良かった!って思えるよ。
Feb 05, 2007
あっちに置いてこられたトマ 〜トマの運命の岐路〜
トマちゃんは幸せそうにネンネしています。
この幸せをトマは自分の手で掴んだのかもしれません。

トマちゃんがどこで寝てるか分かる♪


 トマは昨年6月に、私の住むマンションに捨てられました。
推定月齢は約2ヶ月、仔猫には大き過ぎる薄紫色の首輪を付けていました。
当初私たち家族にはトマを保護する気持ちなどありませんでした。
我が家には先住のチョロとポンがいましたし、高齢の両親には仔猫の行く末に責任が持てなかったからです。

 ですがマンションの子供たちのある行為がきっかけとなり、本格保護の決意をしました。
子供たちにとって、小さな仔猫はただの動くおもちゃに過ぎなかったようで、トマは散々おもちゃにされた後、どこかに放置されてしまったのです。
それとなく仔猫の様子を見ていた父が、子供たちだけなのに気が付き、
『仔猫はどうしたの?』とたずねると、
『あっちに置いてきた』と悪びれもせずに答えたそうです。

 父はその方向にトマを探しに行き、パニックを起こしているトマを見つけ、『おいで』と声を掛けました。
父を見たトマは安心したのか、それこそ脇目も振らず一心不乱に、父の後について我が家まで来ました。
父と自分を隔てている低いフェンスを自力で越えることも出来ないくらいに小さかったのに、仔猫にとっては相当長い距離をトコトコ歩いて・・・・
その姿が父に保護の決意をさせました。
あの時がトマの運命の分かれ目だったのかもしれませんね。

トマちゃん、パパに抱っこされてるの♪
パパに抱っこされると『更に伸び猫』になっちゃうの。
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パパに抱っこされてちょっとお澄ましです!


パパに抱っこされてリラックス♪変な格好かしら?


 本当にトマちゃんとパパは名(迷)コンビです!!