那智大滝まで下りてしまった私は、再び元来た道を引き返す気にはならなかった。
7時間歩いた後で、引き返すという行為はしんどい。
ゴール地点に到着した!歩き通した!という気持ちになった後というのも大きい。
多分山歩きをした人にならご理解いただけると思う。
歩くには体力も大事だが、気力もかなり重要である。
引き返す気などさらさらなかった私は、皆と一緒にバス停の方へ移動した。
バスの時間まではまだ間があった。
バス停には庇がなく、私たちは傘を差して待たねばならなかった。
座る場所もなかったので、バス停のすぐ横にある土産物屋の軒を借りた。
ここのご主人夫妻がとても親切だったので、私はここでお土産を購入することにした。
まずは定番の『那智黒飴』を買った。素朴で美味しい飴である。
しかしこれだけでは『もうで餅』を買えなかった言い訳には弱い。
で、店内を物色し始めた。
私が何かに興味を示すたびに、店のご主人は試食をさせてくれた。
しかも私にだけではなく、私たちグループ全員に振舞ってくれるのだ。
あれを買わせる手と思う人もいるだろうが、私はそうは取らなかった。
そして店の奥さんお勧めの『熊野古道』という煎餅を買った。
ごまクリームを薄焼きの甘い煎餅でサンドしたもので、これがコーヒーになかなか合った。
家での評判は上々であった。
そんなこんなでガヤガヤ騒いでいると、店のご主人が私にこう話し掛けてきた。
『お客さんはまた熊野に来る?』
私は『はい!私は多分来ます。』と何の気なしに答えた。
するとご主人は、もう自分は読んでしまって不要だからと、私に熊野古道のガイド本を下さったのだ!!
しかもである・・・・私が買ったお土産よりもその本の方が高かった。
非常に図々しい気がしたが、私はその本をいただいた。
私個人のものというより、山の会の持ち物として有り難く頂戴した。
現在私の手元にはなく、別の仲間が読んでいる最中である。
手元に戻ってきたら、是非じっくり読んでみたい。
縁というのは本当に不思議なものだ。
『もうで餅』を買い損なった結果、私は別のお菓子も味わえたし、本まで頂いてしまったのだ。
それに何と言っても、あの親切な店のご主人夫婦と出会えたのだから!
この縁を授けてくれたのは、古道の石仏だろうか?