昔、私は7匹の仔猫を間接的に死なせた。 その時の後悔が、猫への強い思いとなった。
このブログを始めた時から、私はこの話を書きたいと思ってきた。 ようやく書ける時が来たような気がする。 私の住むマンションに、あの子が現れたのはいつのことだったろうか? 彼女はとても魅力的な子だったけれど、天は二物を与えなかった。 彼女の声はお世辞にも可愛らしいとは言えなかった。 いつも『ギャオ〜ギャオ〜』と鳴いていたので、マンションの住人はいつしか彼女のことを、 『ギャオ』と呼ぶようになった。
ギャオは捨て猫だった。 おそらく大きくなったあの子を、飼い主が持て余したのだろう。 私の住むマンションにあの子を捨てていったのだ。
そして彼女はマンションで仔猫を産んだ。 1年目に出産したのは2匹の仔猫、この子たちは無事成長し、そしていつの間にか姿を消した。 2年目に出産したのは7匹の仔猫だった。 そしてこの仔猫たちを死なせたのは私である。
マンションを取り巻く環境は変化していた。 当時の管理人は猫が大嫌いで、可愛いギャオを目の敵にしていた。 『保健所に連れて行く』と言っていると噂に聞いた。 私はどうしてもギャオを助けたかった。 管理人だけでなく、マンションの住人の一部も、ギャオを快く思ってはいなかった。
7匹の仔猫の存在は許されないと思った。 私たち家族は話し合い、7匹の仔猫を保健所に持ち込むことにした。 そしてギャオには、避妊手術を施すことにした。 これ以上猫が増えなければ、ギャオの存在を許してもらえると考えたのだ。
私たちを信頼していたギャオは、仔猫を私たちに預けていた。 彼女がテリトリーを巡回している隙に、私は7匹の仔猫たちをダンボールに詰めて運んだ。 閉じ込められた仔猫たちは、私に必死の抗議をしていた。 その声を聞きながら、私は心の中で『ごめんね、ごめんね』と叫んでいた。 保健所まで私は泣きながら歩いた。
保健所で事務手続きをする間も、ずっと泣いていた。 帰宅してからもずっと泣き続けた。 私を心配した父が、会社を抜け出して慰めにきてくれた。 この精神的苦痛で、私は一気に3キロ以上痩せた。 でも仔猫たちのその後の苦しみを思えば、私の苦しみなど取るに足らない。
そんな私を更に苦しめたのは、ギャオがそれから行方知れずになったこと。 ギャオは仔猫がいなくなったその日以降、私たちの前から姿を消したのだ。 信頼を裏切った私たちを信じられなくなったのか? 或いは仔猫たちを探しているのか? いずれにしろギャオの不在は、私を更に苦しめた。
しばらくして私は事の真相を知った。 私が仔猫を泣く泣く保健所に連れて行ったその日、正にその同じ日に、 ギャオも保健所へと連れて行かれたのだった。 連れて行ったのはマンションの管理人だったらしい。
ギャオを助けたい一心だったのに、そのギャオまで保健所に連れて行かれた。 私のした事は、一体何だったのだろう? 哀れな7匹の仔猫たちを、私は間接的に殺した。今から20年前のことである。
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