以前このブログにちょっと書いたが、次兄は難しい病気だった。
重症の筋無力症、一般には『筋ジストロフィー』という名で知られている。
次兄は普通の小学校には入学せず、
『西多賀養護学校』という肢体不自由児のための
学校に入った。
それはまた
『国立西多賀病院』への入院でもあった。
その日から兄は平日は病院で週末は自宅という生活を始めた。
でも兄は比較的恵まれていたと思う。
何故なら自宅が近く、週末には自宅に戻れたから。
それに平日も家族がしょっちゅう病院を訪れた。
よく母と一緒にバスで病院に行ったなぁ〜。
バスは病院の真ん前に着くのもあったけど、そこまで行かないバスもあった。
それだととっても大変だった。バス停から病院まで結構キツイ坂道だったから。
(多分西多賀病院はちょっとした山の上にあったんだと思う)
今だったら全く平気だけど、小さい頃は坂を登るのが本当に大変だった。
今となっては懐かしい思い出である。
私の次兄です。病院のベットでの一枚です。 病院に入院している子たちのすべてが、兄のように恵まれていたわけではない。
自宅がかなり遠い子もいて、そういう子は家族の面会も当然少なかった。
きっと淋しい想いを噛みしめながら、病院生活を送っていたことだろう。
今でも西多賀病院にはそんな子たちがたくさんいる。
興味をもたれた方は是非西多賀病院のホームページをご覧下さい。
まだ幼かった私たち兄妹が出入りしていた病院です。